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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)6015号の2 判決

原告 岩崎レール工業株式会社

被告 三日市製錬株式会社

主文

被告は原告に対し金九十九万四千九百五十二円及びこれに対する昭和三十年七月二十三日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金二十万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は、訴外関東築炉工機株式会社(以下関築と略称する)に対する東京地方裁判所昭和三〇年(ワ)第二、二四六号約束手形金事件の判決の執行力ある正本による金九十九万四千九百五十二円の債権に基き、右関築が第三債務者たる被告に対する左記債権すなわち右関築が被告との間に昭和二十九年三月十五日から同年八月十三日迄に締結された被告会社三日市工場の下記の内容の炉建設工事請負契約(契約総額五千八十一万円、工事内容(イ)電気炉及コンデンサーの据付並びに附帯工事(ロ)回転給鉱機製作据付工事(ハ)電熱亜鉛蒸溜炉製作据付工事(ニ)回転排鉱機製作据付工事(ホ)コンデンサー並びに附属装置製作据付工事(ヘ)四十屯移動式亜鉛熔解炉製作据付工事(ト)気密室給排気工事(チ)電炉室内瓦斯及び給還水配管工事(リ)コンデンサー燃焼装置一式製作並びに熔解炉燃焼装置一式製作据付工事(ヌ)一酸化炭素瓦斯自動着火装置一式製作並びに据付工事(ル)配管工事、弁済期同年十一月末頃)の残代金債権中、金九十九万四千九百五十二円について、東京地方裁判所に債権差押及び転付命令の申請をなし(東京地方裁判所昭和三十年(ル)第八一九号事件)、同裁判所は昭和三十年七月十四日右各命令を発し、右各命令正本は同年七月二十二日第三債務者たる被告に送達された。

二、よつて右請負工事残代金債権は原告に移転したにかゝわらず被告はその支払をしないので、右債権及び転付命令送達の翌日たる同年七月二十三日より右完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める

と述べ、被告の抗弁に対しては之を否認し、仮りに被告が訴外関築に対し昭和二十九年十二月九日本件請負代金債務の弁済をしたとしても、右被転付債権については既に訴外関築を債務者とし、被告を第三債務者として、債権者たる原告の申立に基き関築に対する本件被転付債権保全のために、昭和二十九年十二月八日東京地方裁判所が仮差押決定(昭和二十九年(ヨ)第九四八五号事件)をなし同日第三債務たる被告に右決定正本が送達されたのであるから、同年十二月九日になされた被告の弁済は仮差押権者たる原告に対抗し得ないものであると述べ、立証として、甲第一号証乃至第六号証を提出し、証人三島将吉、同佐藤京三、同荊木俊文の各証言を援用し、乙第一号証乃至第七十一号証の成立は不知、乙第七十二号証の一、二第七十三号証の成立は認めると述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張事実のうち原告主張の請負契約中(イ)及び(ル)の点を除きその他はすべて認める。しかし乍ら被告は、訴外関築との間の原告主張の請負契約の工事残代金として、昭和二十九年十二月九日百一万円を現金で訴外関築に交付し以て右債務を完済した。したがつてそれ以後になされた原告の右債権を目的とする差押命令及び転付命令は、債権が弁済により消滅した為め実質的に無効であると抗弁し、更に原告の「仮差押」に関する再抗弁に対しては、原告主張の日被告に原告主張のような仮差押命令正本の送達のあつたことは認めるが、その仮差押の目的たる債権は、「金九十九万四千九百五十二円也、但し訴外関築より被告に対する焼鈍炉建設請負工事残代金債権」と表示されてをり、かくの如き炉に関する契約は被告と訴外関築との間には未だ存在したこともなく、且本件被転付債権と同一性を欠くものであるから、右仮差押命令によつて本件債権に対する仮差押の効力を生ずるに由なしと争つた。

立証として乙第一号証乃至第十号証、第十一号証の一、二第十二、第十三号証、第十四号証の一、二、第十五号証乃至第五十八号証第五十九号証の一乃至九、第六十号証乃至第六十五号証、第六十六号証の一乃至三、第六十七号証の一、二第六十八号証乃至第七十一号証、第七十二号証の一、二、第七十三号証を提出し、証人佐藤京三の証言(一、二回)及び鑑定人小川芳樹の鑑定の結果を援用し、甲第一号証、第四号証乃至第六号証の成立は認める、甲第二号証、第三号証の成立は不知と述べた。

理由

一、原告が訴外関築に対し原告主張のような債務名義による債権を有すること、訴外関築は第三債務者たる被告に対し原告主張の転付命令の目的たる債権を有すること、及び被告に原告主張の日その主張のような右債権差押命令及び転付命令が送達されたことは当事者間に争がない。

被告は右差押並びに転付命令の送達前既に訴外関築に弁済した旨抗弁し、成立につき争のない甲第六号証及び乙第七十二号証の一、二によれば、右送達前である昭和二十九年十二月九日に被告は訴外関築に対し工事残代金百一万円を現金で支払い、一切の清算が済んだ事実が認められる。

二、よつて次に、之に対する原告の再抗弁事由たる仮差押に関し、被告は、仮差押の目的たる債権は焼鈍炉工事残代金債権であるから、この被仮差押債権と被転付債権との同一性がないと争つているので、之について判断する。

債権仮差押には仮差押うべき債権の表示が真実のそれに吻合することを要することもちろんであるが、右の表示のうち真実の債権名と喰い違う点があつても、仮差押命令執行当時の当事者間に存在する各種の事情をも勘案して右表示と真実との間に同一性が認められる限り、右債権の仮差押は効力を有すべく、単に仮差押命令記載の文言の機械的照合によるべきではないと解するのが相当である。よつてこの点を審理すると、前記仮差押命令において被仮差押債権として表示された焼鈍炉なるものは真実において本件請負工事の各種の目的物のいずれにも該当しないことは、鑑定人小川芳樹の鑑定の結果によるも明かであり、従つて原告は仮差押の対象たる請負工事契約の残代金債権の表示を誤り、その厳密な定義において被告訴外関築間に締結された炉名と用途の異なる焼鈍炉なる炉名を表示し、かゝる意味で、原告の目途した同一請負契約残代金債権の正確な名称を誤つた不適切さを認めることができる。

しかし成立に争のない甲第一号証、乙第七十三号証、証人荊木、同三島の各証言及び之によりその成立の真正が認められる甲第二、第三号証、証人佐藤(一、二回)の各証言を綜合すれば次の事実が認めらる。之に反する証拠は信用しない。

即ち原告が訴外関築に対し炉台車、炉材等を昭和二十九年四月以降同年九月迄に売却したが、訴外関築の支払能力が極度に悪化してきたので急ぎ調査したところ、訴外関築は原告の納入した製品をも加えて被告の三日市工場の炉を中心とする工事の請負契約を締結し、右工事の請負残代金が同年十一月末百万円強存在する事実を探知し、之を仮差押えるべき、たゞ右工事の請負契約の名称につき、訴外関築が築炉メーカーとして特に焼鈍炉なる炉について、卓越した技術を有してをるところから、炉に関する明確な智識なきまゝ本工事も又かくの如き名称であろうと思料し、右請負工事残代金債権を焼鈍炉請負工事残代金債権なる表示を冠して仮差押をなした事実が認められる。

而して当時訴外関築が被告に対し残代金債権を有していた請負契約とは、本件被転付債権に表示された請負契約であり、焼鈍炉なる炉は存在しないが亜鉛製錬を目的とする炉を中心とする一連の諸工事を内容とするものであつて、同年十一月末訴外関築に対し支払予定の百一万円の残代金が存在したこと、又当時他に之に比肩し得る請負工事契約が被告訴外関築の間に存在しなかつたこと、更に原告と被告との間で仮差押前になされた折衝の際においても該請負工事残代金を対象として交渉がなされた事実を認めることができるし、仮差押命令を被告が送達をうけた際も本件被転付債権についてなされたものと考えられていた事実も認められる。

以上当事者間に存する事情によれば結局本件仮差押の被仮差押債権と本件被転付債権とは同一性を有するものと解すべく、しからば同一性の認められる以上、右仮差押によつてそれ以後になされた被告の弁済は原告に対抗し得ないことになり、原告の再抗弁は理由がある。しかも複雑な工業諸施設の工事名を当事者以外の第三者が正確に、しかも、隠密、迅速裡に把握することの困難であることは経験則上明かであることや、前記乙第七十三号証証人荊木俊文、同三島将吉、同佐藤京三(一、二回)の各証言に徴すると第三債務者たる被告は前記仮差押をうけた後しばらくして、たまたま右被仮差押債権の表示が真実に吻合せざるに気付きながらこれを奇貨として、窮状にある訴外関築に懇請せられるまゝ、これに右残代金を支払つた事実を推認することができる。以上の各事情に徴するも被告は右表示のくいちがいを云々して自己の弁済の正当さを主張し得る筋合ではないと解する。

よつて原告の本訴請求を正当と認めて之を認容し、被告に対し金九十九万四千九百五十二円と、右債務が商行為に基くことは前記認定事実によつて明らかであるから、これに対する転付命令送達の翌日たる昭和三十年七月二十三日(この点は本件記録上明らかである)から完済まで商法所定の年六分の遅延損害金の支払を命じ、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言については同法第百九十六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 柳川真佐夫)

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